北海道の鉄道とか写真の話題など、、、日々の徒然を独り言のように細々と発信してみるブログ。小説作品執筆中。
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今日はクリスマス、年末の用事を済ますため札幌へ出かけました。風邪引く三歩手前ですがドリンク飲んで頑張りました(笑)
街中を歩き回って、いつもの年とは明らかに違うのが分かります。何というか、師走やクリスマスらしい活気が全くありません。ここ数年、北海道の景気は決して良くなかったものの、毎年この季節はやっぱり景気に関係ないような豊かな人達がまだまだ沢山いるんだなぁー、と思わせるような光景がいたるところで見受けられたものです。でも今日は人出こそ多いものの完全に沈み込んだような雰囲気でした。
こんなに静かな師走はぼくの記憶にあるかぎり初めてのことだと思います。とうとう、いまだかつて経験したことのない本物の不景気が、どこかの首相風に言えばミゾユウな不景気が始まったのですね。
そもそも、なぜこんな事態になったのか、ぼくの無い知識を絞って今思いつく限りを考えてみました。
今、多くの派遣労働者の方々が解雇され、それでも飽き足らず今度は正社員の大量リストラにも進みそうな勢いです。これは、先の世界恐慌に端を発する経済災害のようにみなされていますが、一方でその結果の大量解雇は完全に仕組まれたシナリオでもあると思います。景気の緩衝材として大量解雇を進める一方で、ここ数年空前の利益を上げた大企業の貯金は33兆円に上るらしくそこから株主へ配当する算段をし始めているわけですから。
多くの人達はあたりまえの幸せを求めてそれで満足すると思います。でも一部の並外れて逞しい野望を持った方々の飛躍が、そのあたりまえの幸せを多くの人から奪う結果になっています。高度経済成長の熱狂を忘れられず、バブルが弾けても悪い夢を見続け、21世紀になっても世界の覇権を派遣の犠牲のもと握り続けたいというハンカクサイ考え方です。そのために外国人投資家の機嫌を伺い、労働者を手厚く守る日本型経営の弊害のみならず強みまで自ら解体してしまった。その結果、以前から日本企業の強みを挫きたいと思っていたハゲタカさんたちの思惑どおりになったのではないかと思います。
松下幸之助さんが企業は公企業であって社員の福利厚生や慈善を通して利益を社会に還元するのは企業の当然の義務であると説いていたと記憶しています。今となっては古きよき時代の理想論にしか聞こえないように思われるのが悲しいですが、いかに今の世に成り立ちがたい理想であってもやはりこれこそが社会の原点のあるべき姿だと思います。
それに反して今の経営者は、解雇された者達の怒りと解雇されるかもしれない者達の不安を対立させて丸く収めるという不条理なやりかたで経営していこうとしています。でもそんな道理に反したやり方が長続きするほどこの世は甘くないでしょう、いつかバチが当たって日本の企業が世界の主流から外されていくというオチで片が付いてしまうのではと思います。
松下幸之助さんは単なる理想論として自らの経営論を実践したのではないと思います。そこには一部の傲慢な覇権主義者の飛躍と、その結果の絶え間ない格差と貧困がやがてはあの戦争に至ったという苦い悔恨があったのだと思います。今は容易く暴力と軍事力に訴えることが許されない時代ですが、経済覇権主義が多くの普通の人達を格差と貧困に落とし込み苦しめているという点においては今も戦前の時代と何ら変っていません。
ここで話題を変えますが、世の飛躍に対してその中で生きてきたぼくも含めて一人一人の心の飛躍も当然ながら在ったのだと思います。
ぼく自身思い返せば、アップテンションの空気の中で生まれ育ち、ひたすら夢を持つことを奨励され、それでいて中身は空しい願望の自己実現しか持ち得なかったように思われます。そこからどんなに飛躍を夢見ても、そこには他人を顧みない自己中心の願望しか無く、虚しい結末がまっているだけだということを思い知りました。
こういう傾向はぼくのような若い世代だけではなく、各々の現れ方こそ違えど飛躍の中に自己実現を追及してきたという点では戦後から現代までの全ての世代に大なり小なり当てはまるように思います。これまで長い間、人も世も飛躍を夢見てその実として延々と矛盾を積み重ねてきたように思われます。その不幸な悪循環から一抜けたするためには身の丈に立ちかえることしかないと思います。でも、ぼくもそうですが一度刷り込まれた価値観はそうそう容易く変えられるものではありません、そこで学びと努力が必要になってくるのだと思います。
自分本位な飛躍に背を向けて、勇気を持って自分自身の身の丈に立ち返り、そこから一歩一歩進むことで少しずつですか、でも本物の希望が見えてくるのだとぼくはそう信じています。
話を戻すと今日はクリスマスです。みんな忘れがちですが約2000年前に世と人の罪を背負って十字架に掛かるためキリストが地上に降りて来られた日ですね。この世と自らの罪深さが贖われ真の希望へ導かれることを祈りながら自分の心の在り方を問い直す、本来クリスマスはそういう日なのだと思い出しました。
そもそも、なぜこんな事態になったのか、ぼくの無い知識を絞って今思いつく限りを考えてみました。
今、多くの派遣労働者の方々が解雇され、それでも飽き足らず今度は正社員の大量リストラにも進みそうな勢いです。これは、先の世界恐慌に端を発する経済災害のようにみなされていますが、一方でその結果の大量解雇は完全に仕組まれたシナリオでもあると思います。景気の緩衝材として大量解雇を進める一方で、ここ数年空前の利益を上げた大企業の貯金は33兆円に上るらしくそこから株主へ配当する算段をし始めているわけですから。
多くの人達はあたりまえの幸せを求めてそれで満足すると思います。でも一部の並外れて逞しい野望を持った方々の飛躍が、そのあたりまえの幸せを多くの人から奪う結果になっています。高度経済成長の熱狂を忘れられず、バブルが弾けても悪い夢を見続け、21世紀になっても世界の覇権を派遣の犠牲のもと握り続けたいというハンカクサイ考え方です。そのために外国人投資家の機嫌を伺い、労働者を手厚く守る日本型経営の弊害のみならず強みまで自ら解体してしまった。その結果、以前から日本企業の強みを挫きたいと思っていたハゲタカさんたちの思惑どおりになったのではないかと思います。
松下幸之助さんが企業は公企業であって社員の福利厚生や慈善を通して利益を社会に還元するのは企業の当然の義務であると説いていたと記憶しています。今となっては古きよき時代の理想論にしか聞こえないように思われるのが悲しいですが、いかに今の世に成り立ちがたい理想であってもやはりこれこそが社会の原点のあるべき姿だと思います。
それに反して今の経営者は、解雇された者達の怒りと解雇されるかもしれない者達の不安を対立させて丸く収めるという不条理なやりかたで経営していこうとしています。でもそんな道理に反したやり方が長続きするほどこの世は甘くないでしょう、いつかバチが当たって日本の企業が世界の主流から外されていくというオチで片が付いてしまうのではと思います。
松下幸之助さんは単なる理想論として自らの経営論を実践したのではないと思います。そこには一部の傲慢な覇権主義者の飛躍と、その結果の絶え間ない格差と貧困がやがてはあの戦争に至ったという苦い悔恨があったのだと思います。今は容易く暴力と軍事力に訴えることが許されない時代ですが、経済覇権主義が多くの普通の人達を格差と貧困に落とし込み苦しめているという点においては今も戦前の時代と何ら変っていません。
ここで話題を変えますが、世の飛躍に対してその中で生きてきたぼくも含めて一人一人の心の飛躍も当然ながら在ったのだと思います。
ぼく自身思い返せば、アップテンションの空気の中で生まれ育ち、ひたすら夢を持つことを奨励され、それでいて中身は空しい願望の自己実現しか持ち得なかったように思われます。そこからどんなに飛躍を夢見ても、そこには他人を顧みない自己中心の願望しか無く、虚しい結末がまっているだけだということを思い知りました。
こういう傾向はぼくのような若い世代だけではなく、各々の現れ方こそ違えど飛躍の中に自己実現を追及してきたという点では戦後から現代までの全ての世代に大なり小なり当てはまるように思います。これまで長い間、人も世も飛躍を夢見てその実として延々と矛盾を積み重ねてきたように思われます。その不幸な悪循環から一抜けたするためには身の丈に立ちかえることしかないと思います。でも、ぼくもそうですが一度刷り込まれた価値観はそうそう容易く変えられるものではありません、そこで学びと努力が必要になってくるのだと思います。
自分本位な飛躍に背を向けて、勇気を持って自分自身の身の丈に立ち返り、そこから一歩一歩進むことで少しずつですか、でも本物の希望が見えてくるのだとぼくはそう信じています。
話を戻すと今日はクリスマスです。みんな忘れがちですが約2000年前に世と人の罪を背負って十字架に掛かるためキリストが地上に降りて来られた日ですね。この世と自らの罪深さが贖われ真の希望へ導かれることを祈りながら自分の心の在り方を問い直す、本来クリスマスはそういう日なのだと思い出しました。
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プロフィール
HN:
鈍行翼
年齢:
42
性別:
男性
誕生日:
1982/05/07
職業:
エア作家/にわか写真家
趣味:
鉄道と写真ともろもろ・・・
自己紹介:
バセドウ病罹患者(勝手に寛解中)。
発病から10年以上経ちましたがようやく沈静化へ向かいつつある今日この頃。同時に人生の在り方を模索し続け小説という創作物に結晶化することを日々の生業とする。写真撮影は豊かな創造性とニュアンスの源泉です。
写真撮影の友:PENTAX K10Dと愉快なオールドレンズたち。
コンパクトはRICOH GX-8、R10、ケータイカメラCA006
フィルムカメラはPENTAX SPF、RICOH R1s、GR1s
「目指す場所があるからいつだって頑張れる!」
発病から10年以上経ちましたがようやく沈静化へ向かいつつある今日この頃。同時に人生の在り方を模索し続け小説という創作物に結晶化することを日々の生業とする。写真撮影は豊かな創造性とニュアンスの源泉です。
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コンパクトはRICOH GX-8、R10、ケータイカメラCA006
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