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北海道の鉄道とか写真の話題など、、、日々の徒然を独り言のように細々と発信してみるブログ。小説作品執筆中。
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先日、突然の訃報が知らされ驚きました。


俳優の高倉健さんが亡くなられたと聞いて俄に信じがたい気持ちがある一方で、実際の年齢を見るとやや早過ぎる幕引きだったのではないかという思いが交錯します。

銀幕のスターと呼ばれる人たちは皆そうかもしれませんが、スクリーンの中のその人はいつも変わらぬ凛々しい佇まいで実際に齢を重ねているという実感が沸かないものです。

なので、亡くなったと聞いてもまだどこかで元気でいるような気がします。

昭和から平成にかけて戦後日本を最も象徴する男が高倉健さんだと思います。

寅さんを演じた渥美清さんと並びこれほどまで日本人の心の中に生きづいた俳優はこれまでもこれからも存在しないと思います。

任侠映画の世界はあまり馴染みがありませんが「鉄道員」はリアルに感動した世代ですし「幸福の黄色いハンカチ」や「駅STATION」は特に印象に残っています。

幸せの黄色いハンカチは網走刑務所を出所した高倉健さん演じる元炭鉱夫の男が偶然であった若い男女とともに妻が一人待つ夕張を目指すロードムービーの傑作です。

昭和50年代初頭の北海道の原風景が余すことなく活写されているところが圧巻で、ぼく自身まだこの世に生を受ける前の時代が鮮明に写し出されている名シーンの数々を見るたびに新たな発見と感動が湧き上がります。

ストーリーはどの人の人生にもこんな素敵な瞬間に巡りあわせたらいいなと思えるような夢を表現した世界でした。

それまで任侠や強面な世界を生きる男だった健さんが、役の上では弾みで人を殺めて刑に服し社会的に日陰者として身をやつしても、たった一人の女性が頑なに信じて帰りを待っていてくれるお陰で、それまでの凍てついた男の世界から足を洗い平凡な夫としての幸せな暮らしをやり直せるという救済の物語のように思いました。

今も当時と殆ど変わっていない道東の雄大な風景と、付かず離れずの関係で進む3人の姿が印象的な陸別駅界隈や狩勝峠の検問で足止めされて前科者の過去が明らかになった後、驚きの展開でピンチを脱するシーン、奈井江近傍のドライブインや栗山町界隈で逡巡するシーンなど、最盛期の面影を残す歌志内や夕張の活気に満ちた時代の炭鉱都市の光景なども含めて記録映画としても素晴らしく色あせない作品です。
 
幸せの黄色いハンカチを初めて観たのはたしか高校生くらいだった記憶していますが、その瑞々しい人間物語の印象にすっかりやられてしまったことを覚えています。

同じ時期に鉄道員が封切られて話題になっていた時、関連してテレビ放映されていたのを初めて観たのが「駅STATION」でした。

鉄道員のようなストレートな感動を期待していましたが、全編にわたってやや陰鬱で重苦しさを伴った雰囲気とシーン展開の早い難解なストーリー構成に十代の拙い意識では追いつきませんでした。

唐突に、雪の中の銭函駅での別れのシーンから始まり、東京オリンピックの射撃種目のエース選手だった過去や先輩刑事の突然の殉職など、続く雄冬の帰省や増毛や留萌の内偵捜査、上砂川での逮捕劇、札幌での強盗犯強行突入など、過去現在順不同でめまぐるしく移り変わる展開で一体全体どうなっているのか流れを把握することがとても困難でした。

それが後半の増毛駅前で赤提灯を切り盛りする倍賞千恵子さん演じる未亡人?の女性と出会う頃から急に順序だった流れになり、ようやっとストーリーらしい展開が読めるようになったところで最後は切なくほろ苦い結末で何とも言えない後味が残る映画作品でした。

この映画が映画史に残る傑作とされる理由をいまいち理解できないまま、どちらかと言えば映画全編を通してふんだんに散りばめられた、昭和50年代半ばの北海道における国鉄全盛期最後の鉄道情景に目を食い入る様にして夢中になって見ていたことを思い出します。

それから10年以上たって、BS放送の再映でこの作品をもう一度最初から最後までしっかりと見る機会があり、自分でも驚いたことは、十代の当時あれだけ難解に思えたストーリー展開の意味が何の抵抗もなく心に染み入るように理解できたことです。

それは一人の男の生き様をその人自身の視点から忠実に再現しようとする意図だったと思います。

若い勢いで突っ走る青年期から社会で活躍する実力を備えた壮年期にかけて、まるでジェットコースターのように次から次へと向き合う状況や課題が移り変わり、仕事に追われ続ける忙しい日々の連続の中で置き去りにされた家族や青春の思い出が不意に点描として蘇る、ということを幾度となく繰り返しているうちに気づくと五十歳の齢の節目を迎えていたという、長いようで短い人生の中で誰しもがある時期に沸き起こるであろう感慨を巧みな表現で描き切ったゆえと今では理解しています。

後半、倍賞千恵子さんとの掛け合いのシーンで健さんがぼそっと「樺太まで聞こえるかとおもったよ」とつぶやいたセリフが艶っぽくて好きでした。

高倉健さんが演じる人間存在を活写した名作映画の数々を見るたびに人生と創作両面において勉強させられることばかりです。

創作家志望の端くれとして恥も外聞も気にせず全うしたい自分のような人間にとって高倉健さんは偉大過ぎる先人であって神様のような人です。


遠い北の街外れからあらためてご冥福をお祈りいたします。

そしてこれからも映画の世界の中で健さんに出会えることを楽しみにしています。




 
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プロフィール
HN:
鈍行翼
年齢:
42
性別:
男性
誕生日:
1982/05/07
職業:
エア作家/にわか写真家
趣味:
鉄道と写真ともろもろ・・・
自己紹介:
バセドウ病罹患者(勝手に寛解中)。

発病から10年以上経ちましたがようやく沈静化へ向かいつつある今日この頃。同時に人生の在り方を模索し続け小説という創作物に結晶化することを日々の生業とする。写真撮影は豊かな創造性とニュアンスの源泉です。

写真撮影の友:PENTAX K10Dと愉快なオールドレンズたち。
コンパクトはRICOH GX-8、R10、ケータイカメラCA006
フィルムカメラはPENTAX SPF、RICOH R1s、GR1s

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