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北海道の鉄道とか写真の話題など、、、日々の徒然を独り言のように細々と発信してみるブログ。小説作品執筆中。
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IMGP5363-1.jpg思い出の中にとある印象深い出来事があって、それで以前からカフカの『変身』に興味があり文庫本を入手してありました。しばらく本棚の肥しになりかけていましたが、今回ようやく手にとって読んでみました。100ページほどの短い小説なのでその日のうちに読み終えてしまいました。





読んだ感想を一言で言い表すと、物凄く陰気な小説です。読んでいて楽しくなったり愉快に感じる人はまず居ないと思われるような小説です。にもかかわらず、歴史に残る世界的な名作の一つに数えられている作品です。あらすじは、営業マンの主人公グレーゴルが出張に出かける朝、目覚めると巨大なイモムシ?のような昆虫に変身していて、それを家族や上司に発見されてから仕事を失い家族にかくまわれて生活するようになり、以後、主人公と家族間に葛藤が生じるといった内容です。

主人公が朝起きたらイモムシになっていたという設定から古典的なSFホラーのような印象を受けますが、その現実離れした設定を覗けば、現実の家庭に起こりうる様々な人間模様と心理が丁寧に描かれて非常にリアリティを感じました。巻末の解説でも似たような解釈が述べられていましたが、イモムシに変身するという非現実的な設定を除いてこの小説を読み解いてみると、まるで、ある日突然家族のうちに介護が必要な者があらわれて、そのほかの家族が否が応でもそれに当らねばならず、そこに生じる様々な葛藤がそのまま描かれているように思えるのです。

最後まで読んだ人なら分かると思うのですが、この小説は陰気を通り越して残酷な結末を迎えます。救いはある歪んだ形をしたものを除けば全くありません、正直、哀れな主人公に同情を禁じえませんでした。その歪んだ形の救いというのは、主人公の残酷な結末が残された家族にとって悲しみとはならず、むしろ確かな希望と救いに結びついているということです。ここに、ある人たちの幸福は同じ交わりの中にいる誰かの上に負わされた不条理の上にしか成り立たず、しかもそれは全く顧みられることがない、そんなリアルな現実を読む人に訴える作者の強いメッセージが読み取れます。


作者カフカがイモムシを執拗に観察している姿が目に浮かぶような描写とあわせて、こういった人間の根底的なエゴと人生の不条理を描ききった点に、この『変身』が単なる薄気味悪いホラー小説ではなく、世界的な名作たる理由があることを素人のぼくにも合点がいきました。それにしてもです、たしかにニヒリズムというのか悲観的な現実主義の観点から見れば、人生の不条理も人間のエゴも全くそのとおりなのですが、やはりぼくにはそこが人生の終着地点とは思えませんし、より高い到達点や真の希望といったものが存在するように思えてなりません。それはまだぼくが若いからそう思えるだけかもしれませんが、、、

このカフカの『変身』がぼくにとってなぜ思いで深いのかというと、今まで述べたような内容やメッセージに対する深い考えとは全く関係ない高校時代の思い出があるからです。ぼくは高校時代に放送部に所属していて、年2回朗読アナウンス大会というのをやっていました。この時一つ上の先輩がカフカの『変身』を好んで題材として選び、その少し個性的な持ち味の声で読み上げると作品の奇妙さが引き立ち、何とも言えない、はっきりいえば噴出しそうなくらいの可笑しさを醸し出していました。それを大観衆を目の前にした大ホールでやってのけるわけですから痛快です。その出来事は、ぼくの暗黒の青春の中で数少ない明るい思い出として脳裏に焼きつき、その象徴としてカフカの『変身』は決して忘れられない作品名となりました。

高校生の時ぼくは全く読書に興味を持っておらず、当然、カフカの『変身』についても個性的な先輩が読む奇妙な小説ということ以上に関心はありませんでした。それが療養生活に入って他にやることも無かったので、本を少しずつ読むようになり読書の面白さに目覚めてから、その”奇妙な小説”と、それを読んでいた個性的な先輩のことを思い出すようになりました。

その先輩は家族ともどもあるマイナーな信仰を持っており、そのためか他の人たちよりもほんの少しだけ価値観や生活習慣に違いがありました。そのことを本人も幾分葛藤していたようで、部活では全く無問題でしたがクラスでは人間関係に若干の悩みもあったようです。そんな時にこの本を好んで読んでいた先輩の気持ちが、今からすると何となくですが分かるような気がします。作者のフランツ・カフカはチェコのプラハで生まれたユダヤ人で、絶えず異端者として差別される境遇にありました。そういった環境に生まれ育ったため、必然的に幼い頃から人間のエゴから生じる差別や不条理にさらされ、そこから作家として常に人生を透徹した目で見通す姿勢を養ったように思われます。先輩はそういったカフカのメッセージに共感し、時にはその境遇を自らの置かれた立場に重ね合わせていたのかもしれません。

フランツ・カフカは41歳の若さで結核にかかって亡くなりました。ゆえに彼の人生における救済の旅路は中途で途絶えてしまったことになります。もちろん死して魂は安らぎを得たと信じますが、生きている人間にとっては死者の安らぎよりも明日を生きる希望の方がはるかに大切なものです。偉大な作家の中でも、真の生きる希望に到達して私たちにそのことを伝えてくれる作家は本当に少ないものです。そんなカフカを愛読していた先輩も、高校を卒業して理系の大学に進学、そして就職しました。それでも自分の殻をなかなか打ち破ることが出来ずにいたのか終始人間関係に悩まされていたようです。それでも一時のリタイヤの後に、今は再起をかけて東京で頑張っているようです。カフカが超えられなかったニヒリズムの壁を越えて、人生において真に必要な希望を獲得できるよう遠くからですが祈っています。



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HN:
鈍行翼
年齢:
42
性別:
男性
誕生日:
1982/05/07
職業:
エア作家/にわか写真家
趣味:
鉄道と写真ともろもろ・・・
自己紹介:
バセドウ病罹患者(勝手に寛解中)。

発病から10年以上経ちましたがようやく沈静化へ向かいつつある今日この頃。同時に人生の在り方を模索し続け小説という創作物に結晶化することを日々の生業とする。写真撮影は豊かな創造性とニュアンスの源泉です。

写真撮影の友:PENTAX K10Dと愉快なオールドレンズたち。
コンパクトはRICOH GX-8、R10、ケータイカメラCA006
フィルムカメラはPENTAX SPF、RICOH R1s、GR1s

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