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北海道の鉄道とか写真の話題など、、、日々の徒然を独り言のように細々と発信してみるブログ。小説作品執筆中。
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アップルの創業者にして元CEO、カリスマ経営者として名をはせたスティーブ・ジョブズ氏が56歳で亡くなりました。


たぶん、本日最大のニュースとして世界中に衝撃を与えたのではないでしょうか。


ジョブズ氏はipodやiphoneなどのアップル社のヒット商品の生みの親であることで知られていますが、遡れば80年代のパソコン黎明期に現在のマウスやGUIを使用したパソコンを初めて世に送り出したことでも有名です。


そういった数々の偉業にもまして、スティーブ・ジョブズ氏がカリスマ的経営者としてこれほどまでに人気を集めた理由が、その魅力的な人柄と数々の経験に裏打ちされた人生観にあったことをぼくはごく最近知りました。


ぼくはアップルの創業者でカリスマ的経営者だということでビル・ゲイツ氏のようなスーパーエリートであると想像していたのですが、実際は生まれた直後から養子に出されて大学も半年で中退しガレージからアップルコンピューターを立ち上げ成功を収めるも、社内対立で追放されてバックパッカーとしてインドを放浪していたという波瀾万丈な経歴の持ち主だったのです。


そういった経験から導き出された人生哲学による彼の言葉は含蓄に富んで聞く者を魅了します。


スタンフォード大学の卒業式で行われた氏のスピーチを動画で聞きましたが、誰にでも解る端的な話ばかりなのですが、一つ一つの言葉を通して真実が語られており、非常に魅力的で感動する内容でした。


アップルの製品はジョブズ氏の才能と情熱の賜ですが、エリート志向の高級ブランド品というイメージが強く、正直なところあまり自分には向かない製品だと思っていました。それでも氏のスピーチを聞いたことで世界中でヒットを飛ばしこれだけ支持されている理由が理解できました。



以下、そのスピーチの一部からの引用です。






17歳の時にこんな言葉を読みました。
「毎日を最後の日であるかのように生きなさい。
いつか必ずひとかどの人物になれる。」

私は感銘を受けました。
それから33年間、毎朝鏡を見て問いかけました。
”今日が人生最後の日なら、今日することは自分がしたいことだろうか?”
長い間答えがノーであるときはいつも
何かを変える必要があるとわかるのでした。

そう遠くないうちに死ぬと認識することは、
大きな選択をする時に助けてくれる
私にとって他にない重要なツールです。

なぜならほとんど全てのこと−
外部の期待や自分のプライド、挫折や屈辱への恐れは全て
死に際して無くなり本当に重要なものだけが残るからです。

自分も死にゆくと自覚することは
何かを失うという思考の罠を回避する最高の方法です。
あなたは既に裸です。
ハートに従わない理由はありません。





    スピーチ動画のリンクはこちら→ (前半) (後半)




常に死を意識しながらも毎日をベストを尽くしながら過ごすというところが哲学的ですね。


そう、だれでもいつかは例外なく人生を終える日を迎えなければならないのですね。


そのことを忘れず、日々を貴重なものとして疎かにせず生きようとすることは、洋の違いを超えて昔から賢人が説いてきた教えです。


人は必ず死ぬということと、いつ死ぬか分からないといったことに関して、以前何気なく目にした光景と、同じように本日垣間見た光景のことを思い出します。


それは、今日たまたま札幌に出てヨドバシカメラの売り場でミラーレス一眼の新製品を物色していたとき、近くの老人客が突然倒れ込んで、若い女性客と女性店員が抱きかかえているところに出くわしたことです。

また、先日同じように札幌へ出かけた際、通りかかった駐車場管理室の裏で倒れ込んだ初老の男性が身動き一つせず、付き添いの人たちに抱きかかえられていた光景です。

行楽に出かけた際の小樽でも古い銭湯の前でちょっと太めのおばあさんが玄関前でしゃがみ込んで動けなくなっていました。

さらに今日の帰りの電車でも混雑する車内で立っていたおじいさんが調子悪そうにしゃがみ込んだり立ったりを繰り返し、周囲の乗客から気遣われている場面に遭遇しました。

ここ最近、やけに苦しそうな老人を立て続けに目撃します。

放射能による突然死への影響などが一部で取りざたされていますが、ちょっと気になりますね。

まぁ、老人に限らず、また放射能や天災によらずとも、人の人生は一寸先は闇、いつ死んだっておかしくないという厳然たる事実をジョブズ氏の言葉とは違った意味で気づかされる出来事でした。


その中でも極めつけは、いつぞや駐車場裏で倒れ込んでいた老人の場合で、ピクリとも動かず完全な静止状態で、まわりの付き添いの人たちの沈痛な表情で項垂れている姿を見たところ、ちょうど息を引き取った直後だったようです・・・( ̄人 ̄)

この話には続きがあり、その光景を確認して交差点の横断歩道を渡った直後、そこは大きなホテルのエントランスの前で、ちょうど修学旅行生の一団が集まっていて、うら若き少年少女たちのグループが自由行動の集合時間に間に合うようはしゃぎながらダッシュしてくるところでした。


さすがにこの痛烈なコントラストには混乱しました、、、、


行き倒れの人が今まさに人生を終えようとしていて、その同じ瞬間に、わずか通り一本隔てた目と鼻の先で、希望と夢に胸を膨らませた高校生の一団が青春を謳歌している真っ最中!


この両極端でシュールすぎる一連の光景を見たぼくはいったいどう解釈すれば良いのか、いまだ明確な答えは出せそうもありません、、(ーー;)


スティーブ・ジョブズ氏のように不世出のカリスマ経営者としてその絶頂期にこの世を去り伝説となる人もいれば、一方で人知れず道ばたで息絶えていくのも同じ人の人生です。


今日のヨドバシで倒れ込んだ老人を最初に介抱した若い女性の店員が他のあまた居る店員に応援を求める視線を送るも、そのうちの多くが蜘蛛の子を散らすように無視して遠かっていく光景も見ました。

たまりかねて近くの女性客と何か手伝えることはないかと声をかけましたが、幸いにも一人の男性店員が駆けつけて椅子に座らせて救急車の手配をしていました。


こういった出来事を目の当たりにして、いつかは自分が反対の立場になるのかもしれないと思うと切ない気持ちになりますが、この世の社会を生きていくということは、どんな人もそういった残酷さや理不尽さを大なり小なり受け止めて行くしかないのでしょうね。


この世の中は、一握りの成功者の人生の中にに見られるような希望に満ちた輝ける可能性の舞台なのか、はたまたそうはなれなかった者たちの無念と不条理だけがある現実なのか、どちらなのかと問えば圧倒的に後者の様相が強いように思われます。


しかしまた、この世の中を真実に生きた人たちが残した言葉が伝えるような真実もまた存在します。


この相反する問いに対する答えは一人一人生きている人の心の内にしか見いだせないものかもしれません。


もっと突き詰めて言えば、それを唯一認識する自分自身の心の内にのみです。


たとえ世界中の人々から賞賛され偉業として記憶されたジョブズ氏のような人であっても、最後に勝ち得たものは自らの心の内に見いだせたものだけだったでしょうから。


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プロフィール
HN:
鈍行翼
年齢:
42
性別:
男性
誕生日:
1982/05/07
職業:
エア作家/にわか写真家
趣味:
鉄道と写真ともろもろ・・・
自己紹介:
バセドウ病罹患者(勝手に寛解中)。

発病から10年以上経ちましたがようやく沈静化へ向かいつつある今日この頃。同時に人生の在り方を模索し続け小説という創作物に結晶化することを日々の生業とする。写真撮影は豊かな創造性とニュアンスの源泉です。

写真撮影の友:PENTAX K10Dと愉快なオールドレンズたち。
コンパクトはRICOH GX-8、R10、ケータイカメラCA006
フィルムカメラはPENTAX SPF、RICOH R1s、GR1s

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