北海道の鉄道とか写真の話題など、、、日々の徒然を独り言のように細々と発信してみるブログ。小説作品執筆中。
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昨日の夜、時間を作って岩見沢まで出かけて旭川行き石油列車の最終便8373列車を見送って来ました。
一応写真をとったのですが、ご覧のとおり粗々の粗末な出来上がり、、、それでも参考程度になれば幸いです。
驚いたのが後部に連なる石油タンク車の両数でわずか1両でした。(車号タキ243737)
まさに最末期の様相ですが前部のLNGガスコンテナ車はまとまった両数で今後もそれなりの需要があるようです。
最後に黄昏時のキハ40&711系の国鉄型コンビを。
写真はメタメタでしたが最後に見送ることができてなんだか気持ちがすっきりしました。(天狗まんじゅうもゲットできたし)久しぶりの岩見沢でしたが、空知のゆったりとした時間をつかの間味わうことが出来ました~(^^)ノ
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いよいよ今月末の石油列車旭川便及び帯広便の廃止が間近に迫って来ました。
そして石油列車廃止の煽りを受ける形で終端の十勝鉄道と北旭川の側線も命運を断たれる形となりました。
※写真は新札幌で撮った札幌便の後ろ姿です。
石油列車の札幌便はかろうじて存続されて全廃を免れましたが、おそらくそれもあと数年以内にタンクローリーに移行する体制が整い次第廃止の運命でしょうし、2年弱後の石北貨物存廃の結論が出されれば道内の鉄道貨物輸送網は一昔前では考えられないほどの縮小期を迎えます。
さらに長い目で見ればコンテナ輸送も安泰とは言えず、末端区間の釧路、富良野のみならず大動脈の道内~本州路線も新幹線の開業による並行在来線の経営分離問題などにより運航コストの増大による減便や撤退などもありうることだと思います。
こういった鉄道衰退の流れが国鉄解体以来の”時代の流れ”の一括りですまされてしまうことに最近では疑問と違和感を抱くようになっています。
というのも鉄道貨物輸送は国鉄末期に車扱い貨物が大整理されてコンテナ輸送が主流となり、JR貨物発足後も合理化が続けられ現在では相当な効率化が達成され、これ以上縮小するよりもむしろ鉄道貨物輸送の自動車輸送比1/10ともいわれる省エネルギー大量輸送を生かした利用拡大を図る時期に来ていると思います。
にもかかわらず、なおも鉄道が貨物輸送のみならず旅客も含めて年々縮小を余儀なくされている理由は採算性や需要減といった理由以外にも何かありそうな気がしてなりません。
そこでひとつ考えられることは道路利用の拡大と自動車産業の振興との兼ね合いです。
もともとこの国の物資輸送の多くは近代国家として成立した直後から鉄道が大部分を担って来ましたが、戦後の経済発展と道路整備の進展とともに自動車輸送に切り替わっていきました。そして、そういった時代の流れはやがて自動車産業が国の経済を支える輸出産業の柱となるほど成長させ、更にその背後では自動車利用の右肩上がりの増加とともにほとんど無制限に道路を建設できる公共事業天国を現出させました。
つまり鉄道輸送を切り詰めて自動車と道路の需要を増せば経済の発展がはかれるという図式が長らくこの国全体で適用されてきたということです。
しかし、その図式が目論見通り上手く通用したのは経済が右肩上がりの成長を続けられたバブル崩壊前までで、リーマン・ショックを経た世界同時不況の現在ではメリットどころか国全体の借金が雪だるま式に増え続けるという、かつての国鉄財政赤字をはるかに凌ぐ構造的弊害の大きな要因となっています。
かつての国鉄も含め鉄道や今話題になっているHACの問題など、それらの赤字や採算性の問題を掲げられるとさぞ社会の足を引っぱり国民の負担になっているかのように思わされますが、実際にはそれらの桁10個分以上の負担を強いてきたのが道路やその他の巨大なハコモノ公共事業だったことは見逃してはならない事実です。
鉄道は赤字まみれな一方で道路には赤字が存在せず一方的に利益のみを生み出してきたということは現実的にありえません。
鉄道はそれ自体が独立した事業としてみなされ収支が算出されますが、道路は純粋な公共インフラとしてその経費は国全体の収支の一部として扱われます。
なので日本全国すみずみまで道路を建設し毎年のようにアスファルトを引き直しても赤字とはみなされず全て国全体の予算経費としてどんぶり勘定です。
そのどんぶり勘定を支えてきたのが他でもない燃料税やら重量税などあらゆるレベルで徴収される国民の税金なのですが、ついでにいえば一般税からも賄われますから自動車を使うかどうかにかかわりなく無差別負担ですね。
しかし、そういった身の丈を全く考えずに広められた道路網やその他の公共インフラを今後も同じ水準で維持管理することがほぼ不可能になりつつあることが最近の算出によって明らかになってきました。
これからは便利な自動車による新しい時代が来ると言われ続けているうちに見えない赤字が膨らみ続けて国民全員がそのつけを払わされる日が着実に近づいているようです。
国鉄が民営化されてから鉄道は特定の補助金以外は税金を投入されずに何とか維持運営されてきました。
来るべき経済大縮小時代にはかつての国鉄時代とは異なり、かえって財政にやさしい輸送機関として鉄道が復活を遂げる日がくるかもしれません。
PS)
今日の記事は何やらかなり鉄道擁護論に傾いてしまいましたが、今までの社会の現実がそれ以上に傾いた状態で長年推移してきたことを鉄道にかこつけて記したかったからです。いま日本の社会全体で高度経済成長期以降に作られた道路や河川、ダムやトンネルや橋、上下水道に至る公共インフラ全てがのきなみ老朽化して更新時期を迎えており、それらの費用を算出すると今の国や自治体の財政ではとても賄い切れない規模の額で、このまま行くと10年先には日本中でこれらの老朽化した施設があちこちで使用不能に陥り修理できずに打ち捨てられるようになると言われています。今後こういった問題がマスコミなどに取り上げられ一般に周知されるようになる頃には今の年金問題を凌駕する大問題になっているはずです。そしてそういったツケの支払いは増税や公共サービスの低下といったものに収まるほど生易しいものではなく、最終的にはデフォルトや円通貨の暴落も含めた大変な混乱を伴う事態も想定されます。もうそこまで行ってしまうと世の中全体の価値観はひっくり返って今までの常識的価値判断基準はことごとく通用しなくなります。そしてお金や経済の価値もすっかり変わって今まで発展とみなされてきたものがそうではなく衰退をもたらし、逆にこれまで軽んじられていた分野が重きを置かれるようになったりします。そういった大変換がいつ起きてもおかしくないという状況を踏まえた上で鉄道という一分野を見つめ直すと今までとは違った社会の側面が見えてくるかもしれません。
今日の記事は何やらかなり鉄道擁護論に傾いてしまいましたが、今までの社会の現実がそれ以上に傾いた状態で長年推移してきたことを鉄道にかこつけて記したかったからです。いま日本の社会全体で高度経済成長期以降に作られた道路や河川、ダムやトンネルや橋、上下水道に至る公共インフラ全てがのきなみ老朽化して更新時期を迎えており、それらの費用を算出すると今の国や自治体の財政ではとても賄い切れない規模の額で、このまま行くと10年先には日本中でこれらの老朽化した施設があちこちで使用不能に陥り修理できずに打ち捨てられるようになると言われています。今後こういった問題がマスコミなどに取り上げられ一般に周知されるようになる頃には今の年金問題を凌駕する大問題になっているはずです。そしてそういったツケの支払いは増税や公共サービスの低下といったものに収まるほど生易しいものではなく、最終的にはデフォルトや円通貨の暴落も含めた大変な混乱を伴う事態も想定されます。もうそこまで行ってしまうと世の中全体の価値観はひっくり返って今までの常識的価値判断基準はことごとく通用しなくなります。そしてお金や経済の価値もすっかり変わって今まで発展とみなされてきたものがそうではなく衰退をもたらし、逆にこれまで軽んじられていた分野が重きを置かれるようになったりします。そういった大変換がいつ起きてもおかしくないという状況を踏まえた上で鉄道という一分野を見つめ直すと今までとは違った社会の側面が見えてくるかもしれません。
今日の朝刊の記事で十勝鉄道が今月いっぱいで廃止されることを知りました。
写真は一昨年にJR東日本から苗穂工場を経て十勝鉄道に納車されたDE15の回送時の様子です。ご覧のとおりピカピカに整備されていました。
十勝鉄道は帯広貨物ターミナル駅から芽室方面にある日本甜菜製糖の工場と途中のオイルターミナル積み降ろし線を結ぶ全長5kmあまりの小さな貨物専用鉄道です。
製糖工場のコンテナ出荷とあわせて主要な積荷だった石油タンク列車が今月末で廃止されることで採算が取れなくなったことが廃止の理由だったようです。
上で紹介したDE15の以前にも同型のDE10を1両導入しており、小さな専用鉄道としては破格ともいえる国鉄制式機関車を2両も取り揃えたことからしばらくは安泰だろうと思われていたので廃止の知らせはショッキングでした。
にもかかわらず廃止が急がれたということは、今回の道内石油列車の削減と室蘭の製油所閉鎖問題は事前に計画されていたものではなくかなり急な話だったことが伺えます。(今回同時に廃止される北旭川の石油側線も近年JR北海道からDE15を購入して機関車更新を図っていました。)
十勝鉄道の機関車は食品を扱う企業ゆえに清潔なイメージを大事にするため常にピカピカに磨き上げられていることで有名でした。
また、訪れたファンに対しても暖かい対応で迎えていただけることでも知られていました。
短い区間ですが工場と日高連山をバックに最高時速25kmでトコトコ走るコンテナ列車をもう見られないと思うと本当に寂しい限りです。
最後まできちんと撮影できる機会に恵まれませんでしたが、ネット上で記憶された作品を拝見しながらその勇姿を偲びたいと思います。
今月末で全廃予定だった道内石油輸送列車が札幌便のみ存続されるそうです。
でもそれは恒常的なものではなく、タンクローリー切り替えの体制が整うまでの暫定的な措置のようです。
写真は先月に新札幌で撮った旧5772レが臨時便に格下げとなった現8772レです。
実はこの写真を撮った頃くらいに石油列車の積卸し場であるJOTの札幌油槽所が2年間存続されるという話を耳にしていたので、ひょっとすると石油列車の廃止が先送りされるのではと思っていました。
ただ、札幌便以外の旭川便、帯広便は予定通り廃止される見込みだそうで、道内鉄道貨物輸送は確実に縮小方向へ進んでいます。
写真の貨物所属のDD51も風前の灯で、同じく2年後に廃止が検討されている石北貨物とあわせて役目を終える日が近づいているようです。
そんなDD51の姿を追いかけたい気持ちはやまやまですが、今年はかねてから取り組んできた作業が山場を迎えているため、おいそれとは線路端に立てないのが現状です。
廃止までせめてあと数回は記録出来ればいいなと思っています。
札幌市営地下鉄南北線3000系電車が本日25日を持って引退しました。
お別れセレモニーが開かれるということで真駒内駅まで駆けつけました。
南北線沿線で生まれ育ったので南北線とそこを走る電車には少なからず思い入れがあります。
子供の頃から慣れ親しんだ3000系電車が姿を消したことに対してにわかに実感が持てませんね。
撮影ポジションを探しながら結局、終点の真駒内駅までやってきました。
セレモニーが行われる先頭部はすでに黒山の人だかりだったので、おとなしく最後部へ向かいました。
これは入線時のカットですが、何とか隙間を見つけて撮れました汗)
きれいな写真はあきらめて、ラストランの雰囲気をじっくり味わうことにしました。
結局、最終運行のうち2度とも乗車して最後は麻生まで乗り通しました。
麻生から一本早く折り返して、生誕地最寄りの某駅で降りて最終列車を待ちました。
そこから本当に最後の乗車をして自衛隊前駅で車庫取り込みまで見送りました。
慣れ親しんだ電車の引退はもう毎度のことながら寂しいものですが、一つの時代の区切りとして立ち会うことができたので良かったです。
ラストランということで人出も相当なものでしたが、終始穏やかな雰囲気で目立った混乱もなく無事終了しました。
興味のないフツーの人たちの目にはは奇妙に写るかもしれませんが、幼い子供連れの親子から老人まで、最近では若い女性ですらも、一つの老いた電車の引退を心から見送るというのはなかなかもって素敵なことではないかと思いました。
札幌市名物ゴムタイヤ地下鉄として34年間走り続けた3000系電車へ心からお疲れ様でした~m(_ _)m
昨年の開業から工事中の野幌駅正面広場ですが、仮説のシートがはがされて正規の外壁が徐々に姿を現し始めました。
意匠はすでに完成している南口側とほぼ同様なようです。
仮説の通路から入る現在の北口から、まもなく正規の出入り口に切り替わる模様です。
駅舎内の待合広場も仮説壁が取り払われてガラス窓に変わりました。昼間から薄暗かった様子から一変して明るい空間になりました。手前は今冬増設された据え置きストーブです。
このほかにも急ピッチで工事が進んでいた中原通りもまもなく開通する見通しで、これで高架工事の主目的である南北交通の改善がはかられることになります。
PS)
まもなく大震災から1年を迎えますが正直なところあまり多くを語れる気持ちにはなれません。ただ、そこで起きた事実を忘れないで意識に留め置く努力ぐらいしかできませんが、一日も早い本格的復興がなされることをお祈りします。
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プロフィール
HN:
鈍行翼
年齢:
42
性別:
男性
誕生日:
1982/05/07
職業:
エア作家/にわか写真家
趣味:
鉄道と写真ともろもろ・・・
自己紹介:
バセドウ病罹患者(勝手に寛解中)。
発病から10年以上経ちましたがようやく沈静化へ向かいつつある今日この頃。同時に人生の在り方を模索し続け小説という創作物に結晶化することを日々の生業とする。写真撮影は豊かな創造性とニュアンスの源泉です。
写真撮影の友:PENTAX K10Dと愉快なオールドレンズたち。
コンパクトはRICOH GX-8、R10、ケータイカメラCA006
フィルムカメラはPENTAX SPF、RICOH R1s、GR1s
「目指す場所があるからいつだって頑張れる!」
発病から10年以上経ちましたがようやく沈静化へ向かいつつある今日この頃。同時に人生の在り方を模索し続け小説という創作物に結晶化することを日々の生業とする。写真撮影は豊かな創造性とニュアンスの源泉です。
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